2013年10月01日

メルヘンの続き

腹ちがいの弟がいる
ひとりの男を巡っての互いの母親に
気ぃ使こうて、しょっちゅうは会われへんし
電話とメールで悩みを聞いている
弟は病気で人格が統一できひんから
別の人格が現れたら動けんようになるみたい
この前の検査結果が悪かったこと気にして
ショックで余計に布団から出られへんのや

治療のための検査やのにその結果で
症状が悪なってたら何にも意味あらへんで
そう言うんやけど簡単に割り切れてたら
病気なんてとっくに蹴飛ばせるんやろうなあ
そや オモロイ話が何よりの治療らしいで
笑う尻尾に福来たるやで
無理に病気と仲良うせんでもいいよ
大地の養分とお日さまの恵みたっぷりの
お野菜いっぱい食べたらいいやんか
美味しい美味しいと呪文みたいに唱えてたら
南瓜は招き猫に変身するもんなんやて
今夜は冷えるしあったかいスープ作ったけど
冷めへんうちに届けられる距離に
あんたはいいひんのやったなあ
布団のなかで冷凍食品食べてるんやろか
代わりにあたしがスープであったまっても
あんたの病気は治らへんのになあ
まぁるいお皿にスープをよそってたら
あんたからのメール 
「仕事忙しいか?体こわしたらあかんで」
ちっちゃい画面の文字やのに何でやろう
スープの湯気が目に沁みて揺れてる
ひとりぼっちの部屋がミニ薔薇色になったで
さびしいのはあたしやったんかなあ
最近ご飯たべる気せえへんかった
家に帰る気さえせえへんかった
何にも困ってへんけど何かが足らんとき
ものに囲まれているだけではやり切れへんと
思うのは罰当たりなことなんかなあ
そやけどあんたのひと言メールで
ご飯食べなあかんて思たんえ
心配してくれる人がいるって
うれしいことやなぁ

そう言えば、このまえ唐突に
弟が語ってくれた
トイレットペーパー背負った女の子と
新聞紙抱えた男の子が公園で出会う物語
競うようにブランコや滑り台の傷痕に
包帯巻くみたいにくるくると
持ってきた紙でくるみ合いながら
傷はかくすんがええのかなあ?
傷はさらすんがええのかなあ?
ふたりして悩んでいたら
新聞紙が舟になってペーパーが津波になって
巻いていたもんが涙で溶けて
探しにきた親にそれぞれ叱られて
ぐしょぐしょの顔同士で手を振るまでの

この続きはまだまだあるんやろう?
続きは少年と少女の笑顔かな
おはなしの完結なんて
時の流れと目覚める場所によって
変わるけど、書いたことは
ほんとうになってしまうから
拭い集めた涙のつま先まで
元気になるって、何度も何度も書いてたら
空いちめんに約束したみたいやし
雨あがりの虹色になるんやないかな
巡り合うまでの三百マイルが
きっとゼロになるまで




posted by 水月 りら at 22:54| | 更新情報をチェックする

不在

雑踏が溢れる都会には
灯かりの点る家が立ち並び
扉も窓も鍵がかけられている
そこには誰が帰るのだろうか
隣に帰る人の顔さえも分からない
仮面を被る人々が歩く歩道
コンクリートに重なる靴音に
呑み込んだ唾液がかき消され
さらなる渇きと飢えに舞い立つ砂埃

メインストリートには
人がいなくなることはない
車が走らなくなることもない
粉々のネオンサインに
星々はかき消され
人工の煌きを呑みこむ夜は
蠢く枯渇に麻酔する
賑やかすぎる廃墟の眼差し
満たされない満腹をなぐさめて
満たされている空腹を求めているのだと
喧騒に潜む沈黙の声がする  
交差点の信号機から流れる童謡は
使い古された格子戸の口笛のように
押入れの奥に忘れ去られていた記憶を食む

いつも何かが存在しているのに
そこには存在しない何かがある

アドレスのある家は
鍵をかけて不在を守る
不在はいつも帰る人を待っている
だから、不在と名乗っているのだと

扉も窓も開けっ放しの空家がある
アドレスごと喪失したその家は
不在と名乗ることもできずに
誰も帰らないと知っている
不在と名乗るものを見送っている
吹きぬける風を待つように
パスワードを捨てて



posted by 水月 りら at 22:53| | 更新情報をチェックする

エジソンのシンバル

ユウヤがシンバルを叩いている
学芸会の広い体育館に響いている
スリーテンポ遅れても平気なユウヤが
ワンテンポの遅れもなく         
笛のハーモニーをリードしていた

グランドを駆けまわるボールを横目に
ユウヤはしゃがんで砂遊び 
鏡の中の異次元少年になっていく   
鏡の中なら 右手をあげる誰かに
左手をあげていても 誰もユウヤを叱らない
だけど 叱られなかったら 
おなかが満たされるわけでもなく
ユウヤは四角い画用紙が退屈になってしまう  

腰かけるのが苦手なユウヤは 
仔猫のようにプールを囲う金網をよじ登る                 
プールの水面がたゆたう鏡面に
見えたユウヤは水になろうとして
飛び降りたプールサイド
先生は慌てふためいて追いかける
山火事を消火器で消そうとしているから
誰にもユウヤのほんとうは掴めない
「命に関わることですからね」
先生の辛辣な台詞に
母は生んだ自分を責めていた      
校舎の裏庭に穴を掘り土になろうとした
子どもの頃を母は思い出す

集団に馴染めなかったエジソンは
その母に支えられ導かれ
ひらめきは開花したという
 
ひとり影踏みをするユウヤの背に
なんどもなんども語る母
本は本棚に、靴は靴箱に、と
イメージが描ける言葉をえらぶ
途切れる集中力にマス目をはみ出す文字
一文字の「はね」と「はらい」は
息抜きのお昼寝のようねと
冗談まじえて書く練習 
友達と衝突したときの経緯には
共感覚を研ぎ澄まし
水の音を聴いて 水の色を観るように
ユウヤの言葉に耳を傾ける

いくつものハードルを飛び越えて
「ぼく、これができたよ」と
ユウヤから自慢話を聞ける日のために       
ハンディをチャンスにつなごうと
万華鏡のまわる模様のように姿を変えて 
母はユウヤに寄りそった
  
アンテナが伸び始めたユウヤは
自分以外のカラーの存在が見えてくる
鳥が切り株に落とした種が宿り
そこから伸びる芽のような母の願いは
異なるもの同士が分かり合い
成長する繋がりを空の果てまで届けること

卒業前の学芸会
ユウヤはシンバルを叩いていた        
ゼンマイ仕掛けの人形なんかじゃなくて
空を翻るジェットコースターのように
クラスの仲間と音楽を駆け抜け 
笑ってリズムになっていた

「ユウヤ君、大役果たしてるね!」
となりで見ていたトモキの母親が
ユウヤの母親に思わず声をかけていた
その言葉に返事もできないくらい
ユウヤの母は目頭が熱くなる
こらえ切れずこぼれ落ちた涙が     
花柄のハンカチに沁みていた
あざやかに
まるで 花が
生きていたかのように




posted by 水月 りら at 22:52| | 更新情報をチェックする

水のゆらめき

横たわる水面は 風の指に叩かれた ピアノの鍵盤のように ゆらめいていた 小石を投げた波紋は 呪文のように輪をえがき コンクリートの水底に 気配を消し沈んでいく

晩夏の陽だまりは 名残りを惜しみながら ゆるやかに熱を下げていた 駅前のじんこう池の水面は 蒼ざめた旋律を反射して 水の色も蒼い

魚の泳がない水中を つらぬき建つモニュメントの 銀の柱につながる影と クリアな柱に跳ね返る光が 白い幻と黒い現のように 水面に交叉する まっすぐな線のとりとめのない きらめきに響く瞳は潤んでいた

生きるための忘却と 
生かされていく牢記は 
あなたを失ったことから
生まれていた

葬るはずの柩が見つからず みずのゆらめきは眠らない 最後に交わしたありがとうは さよならと告げるよりも水の色になり 鉛色の底を這い回っていた

夢中で溢れだそうとしていた 水の可憐な乱舞を夢に見て 渇いた噴水筒のまどろみに 見果てぬ水滴のぬくもりは 扉を閉めて鍵をかけている

受信箱に並ぶ文字は 明日が来るほど古びていた 籠められていたものは とどまらずに流れていく 思い出すほど遠くなる 言葉に愛をそそいでいた 水のゆらめき


posted by 水月 りら at 22:51| | 更新情報をチェックする

月のとびら

わたしの月が満ちる頃
このゆり籠で命をはぐくむため
わたしはあなたに逢いに行くでしょう
しなやかな水晶のドレスを身にまとい
わたしはあなたのそばに行くでしょう

わたしのからだを包む蒼白い月の光が
素肌の色をほの白く照らすでしょう
熟れている洋梨の実を秘めるため
白いヴェールを巻きましょう
胸まで垂れた髪に
桜色の花飾りをさして
真珠を散りばめた唇と
流れる星の影を瞳にえがき
あなたにそっとほほえみましょう

たった一度限りの満月は
造花のような夢幻を裏切って
人生(とき)の流れに欠けてゆく
たった一度限りだから
貝がら色に磨いた爪で
きよらかな妖精となれるのでしょう

わたしの月が満ちる瞬間(とき)
わたしはあなたを待っているでしょう
たとえ命が実らなくても
何度も繰り返し、わたしは生まれて
あなたを迎えるために月の船を浮かべて
微睡(まどろ)むように
溶けてゆくでしょう

いずれ
干からびてゆく黎明の行方
追いかけることもなく
わたしの月は欠けはじめ

いつの日か
蒼い血を搾られることもなくなって
閉じられてゆく月の扉
朧にかすみ悲観を忘れ
幻は萎えてゆくのでしょう


posted by 水月 りら at 22:49| | 更新情報をチェックする

木蓮の手紙

春めいた遊歩道の 立ちつくす木蓮の純白さに
はじめてあの人と交換した 封筒の白さを
思い出していた

どうしてかしら
人と人は出逢うと 手紙を書きたくなるのに
綴られた文字の重みに 便箋を入れ忘れて
からっぽの封筒と封筒だけを 交換し合い
わかったように返事を書きながら
やっぱり便箋を入れ忘れ 返信している

中味のない封筒の軽さで 笑顔になり
信じる錯覚から 小さな誤解が生まれ
大きな不信に 渦巻いていくのかしら

あの人から 海色の封筒が送られてきたのは
もうずっと昔のことだけど
いつだって 便箋なんて一枚も入っていなかった
封筒から あまりにも磯の香りが漂っていたから
海が好きな人なのかしら 
なんて勝手に思い込んでいたのね
海が好きなのかどうなのか
そんな話しは 一度も交わしたことなかったのにね

人と人は言葉を交わしながら 笑い合っているけれど
言葉をぶつけながら 傷つけ合い
互いに成長しているのでしょうか
それとも離れていくのでしょうか
沈黙し合いながら 傷つけ合うことがあるのは
人間だからでしょうか

潮風色の封筒をえらんで
ふたたびあの人に 手紙を送れる日が来るのは
夜空に流れる天の河ほどの時間をくだり
ふやけ切った皺だらけの指に
年輪を刻んだ頃かしら

それほどの労を費やしても
精一杯書き綴った便箋は 封筒に入れられないまま
空封筒に砂浜の切手を 貼っているのかもしれない

からっぽだとわかっていても 木蓮の花は
返事を待っているかのように 
人肌の風に 揺れている
わたしに微笑んでくれるのは
残り少ない時を咲く 花びらだけなんだって
一番よく知っていたのは わたしだったはずなのにね




posted by 水月 りら at 22:45| | 更新情報をチェックする

千の風(翻訳詩)

ぼくのお墓を訪ねても
その瞳を濡らさないで
ぼくはそこにはいないから
あなたの願いに目を覚ます

 ぼくは千の風
 千の風になり空を舞う

銀世界にあそぶ風花になり
ほほ笑むきらめきを届けている
熟れた太陽になり
のびやかな実りをいざなっている
水澄む雨になり
いくつものひと粒に降りそそぐ

朝ぼらけのやわらかな籠になり
   あなたの目覚めを包んでいる
 鳥になり天に真珠色の輪をえがき
    あなたをおだやかに揺り起こしている
あの夜の星のように
     あなたの胸の琴線に瞬いている

 ぼくは千の風
 千の風になりあなたの空を舞う

ぼくのお墓に訪れても
ぼくのために泣かないで
あなたの好きな歌を口笛で吹いている
ぼくは眠らない 千の風








A THOUSAND WINDS  (原作)


Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow,
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain,
I am the gentle autumn's rain.

When you awake in the morning hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flighe.
I am the soft star that shines at night.

Do not stand at my grave and cry,
I am not there, I did not die.




      (作者不詳)



posted by 水月 りら at 22:44| | 更新情報をチェックする

紫陽花ー隅田の花火ー

打ち上げ花火
乱舞する光彩
咲いて消えて
水面に映る華
燃え滾る漣に
あの人の名を
呼ぶ一輪ごと

炎の花びらは
落涙のように
川面に消えて
置き去りの空
夜風に揺れて
煙を羽織る闇

胸打つ轟音に
木霊していた
雨に打たれて
迸る雫を背に
とどけられた
あの人の言葉
しろい文字を
返信していた

遠退いていく
思い出花火に
濡れた星の夢
ひとところに
群れて花咲く
小さな天の河

還らぬあの人
に贈っていた
今も好きよと
花火のような
星の紫陽花を



posted by 水月 りら at 22:43| | 更新情報をチェックする

忘れもの

ものを忘れてきても、家にたどりついてから気づいている。帽子、手ぶくろ 傘、どこで置き忘れたのか、記憶はおぼろ気で、うーん、フィルムを 巻き戻すように思い出そうとしても、肝心のワンシーンがひとコマ飛んでつながらない。

あわてふためいて、忘れものに電話をかけている。もしもし、忘れものは いつも話し中だった。

だれかと話しているのなら、さびしくはないのだろう。だけど、あなたをどこかで置き忘れてきたわたしのほうがからっぽで。                

つながらないのに、ふたたび電話をかけてみる。そのうち、じぶんを どこかに置き忘れ。

ますます電話はつながらない。置き忘れてきた自分が、自分に電話をかけていて、置き忘れた自分に、自分も電話をかけていて、いつまでたっても話し中。

なにかをしようと昇る途中の階段で、ふと、忘れ、降りる途中の階段で、ふと、思い出したら、なまり色の髪が一本ふえていた。

収穫遅れの古い大根の、輪切りのような鬆がひろがっている脳みその写真を思い出している。覚える機能がかすかに削られていく変化に、時の流れを証言して薄れてしまうのだろうか。自分さえも。

なによりも忘れたくない
あなたに電話をかけている
話し中でないことを    
ねがいながら




posted by 水月 りら at 22:41| | 更新情報をチェックする

クレマチス

夕暮れは
いそぎ足の子猫のように     
つらなる屋根を駆け抜けて  
夜をむかえにいくから
だれにも声をかけられず        
なくしたものを 探しまわっている
いったりきたり しながら
どこにもいける わけでもないのに
だれもが はるかな故郷に
わすれものを見つけるために
遠ざかっていくようで
雪の峠を越えて
届けられた 宅配便
胡桃色のつつみ紙をあけたら
見知らぬあなたから
クレマチスの花言葉

さみしがりやの          
こがらしを あたためています
なくしものは
げんきに しています

溶けはじめた宵闇に        
まどろむ あなたの薫りを
真似ていた 
白い絹糸のまなざしが
長いまつげの影を  
吹きぬけていた




posted by 水月 りら at 14:47| | 更新情報をチェックする

月の旋律

朝 めざめたら
おぼろ気な 夢のきれはしを
想いだしていました
踏みだしても あともどりする
たちどまることもなく
どこを あるいていたのでしょう
見かける人も だれもなく
銀蠅が数ひき       
不明のものに とまっていました
漣のような憂鬱が
湖に ささやいていました       
ひこうき雲のような 倦怠が
空に ひっかかっていました
ふと 蕾のひらく訪れに気づき
夢から醒めていたのでした
虫の夢を見たときは
なにかが起こる前ぶれです
虫の知らせのように   
月の知らせを予知していたのでしょうか
子宮はお月さまのようです
えいようたっぷりの血をあつめ
内膜をふんわりさせて
ゆり籠のような 
厚みのあるベッドをつくっています
受精卵をむかえるため
子宮はまんまるく満ちて
満月のように浮かんでいきます
なにごとも なかったときは
このベッドは古びてしまうため
子宮から めくれ落ちてしまいます
からだのそとに 
剥がれた内膜がこぼれます
一滴が束ねられ 小川のように
道をつたいます
あまたの花びらが舞い散るように
血がながれます
ちぢれる痛みもふくまれて
月が欠けてゆくように
子宮はすこしずつ小さくなります
あたらしい命のために
なんども生まれかわりを    
くりかえします
ひと月をサイクルにした
この営みは いつか     
萎えてゆくのでしょう
だけど
おぼろ気な夢のきれはしのように
おぼえています
白い髪が薄日になびいても
みがきあげた爪に 
淡い貝殻色の光沢が映ります
薄紅のかさなる唇は
バラードのような子守唄を
奏でています
いつまでも 少女のように
なまえを 呼ばれたら
ちょっとだけ 首をかしげて
ほほえんでいます
貴女の鼓動に
めぐり廻っています
生き抜いた血脈の
まどろみかけた銀河の暮れに
月の旋律がとめどなく






posted by 水月 りら at 14:45| | 更新情報をチェックする

南洋桜―緋色の願いー

心不全の柴田さんは いつも
サイパン島のことを話してくれた

柴田さんは十九歳で海軍機関兵として
生まれて初めて銃を手にとり戦っていた
南の島サイパン島に上陸してから
敵米軍の攻撃を受けた話をよく聴いていた
戦地で殺し合っていた呪縛の刃は
柴田さんの体から抜けることはなかった

八十歳で心臓を悪くしてから
足の筋力が衰えおぼつかない足どりだった
柴田さんのシャワー浴を手伝うのが
わたしの仕事だった
柴田さんはシャワー浴がとても好きで
かゆい背中を擦るといつもにっこりで
こんな幸せなことはない と言いながら
古い引き出しに沈黙していた惨劇の欠片を
饒舌につなぎ合わせていた

母親に元気ですと手紙を書いていた部下の両足に
砲弾が貫通し血溜まりになる傷の痛みに
部下が砂混じりの黒い涙を流していたこと
遺体の散らばる街中で 死人の身につけたものを
拾うこともよくあったと言う
新しい靴が落ちていたので拾ってみると
馬鹿に重く中をのぞくと人間の足がそのまま
入っていたことも 柴田さんの記憶は映写機の
フィルムが回る映像のように鮮明に再現されていた

新しい靴ごと足のちぎれた人は
おそらく逃げ遅れ爆撃を受けたのだろう
ちぎれた足をこの世に残し去る
砕けた命を思いながら
柴田さんの背中にお湯を流していた
シャワー口からの湯しぶきは
戦地の雫に重なり 柴田さんの体を流れ
タイルの目地をつたっていた

負傷だらけで鍾乳洞に避難したとき
京子さんという従軍看護婦の献身的な看護により
命拾いをした 今の命は
京子さんの忘れ形見だと言っていた
京子さんは自分が高熱で倒れても
柴田さんの看護ができなくて悪かったわ
と謝り 自分の薬より
柴田さんの傷の包帯を巻きかえる人だった

敵兵の投げたガス弾が洞窟に充満したとき
京子さんは自分の顔に当てていた濡れタオルを
柴田さんの顔に当て抱きしめ合ったまま
ふたりで気を失っている間に京子さんは敵の弾丸を
撃ちこまれ死んでしまっていたこと
あらゆる形容詞をもっても表現できない凄絶な
殺戮戦は 自殺戦のようなものだった
柴田さんは 小さく呟いていた

柴田さんの頭を洗っていると
瀧のように顔を流れるお湯と一緒に
過去の残骸から搾られた泡玉が透き通っていた

十年前にサイパンに旅行したとき
洞窟には負傷した柴田さんのために
京子さんがつくった寝台の足にしていた
米軍の給水罐がそのまま残っていて そこに
京子さんが腰かけて変わらぬ姿で微笑していたのが
柴田さんの瞳にははっきり見えていた、と
風呂場にひろがる湯気に柴田さんは
京子さんを浮かべているようだった

柴田さん、京子さんは美しい方だったのですね
今時、京子さんのような人はいないような気がします
わたしが京子さんの立場ならどうしていたでしょうか
やさしい人はいつも何かの犠牲になってゆくのですね
京子さんの姿を思うとわたしは自分を恥ずかしく思います

そんなことを話しながら 濡れている柴田さんの体を拭いて
袖口に手を通してもらっていた

柴田さんは昨年の冬に 施設で発作が起きて命を引きとられた
わたしがそれを知ったのは 少し時間が経ってから
施設で迎えた死は 穏やかだったでしょうか

サイパン島の南洋桜は緋色な花だと
柴田さんから聴いていたことを思い出していた

柴田さん、今年もサイパンに緋色の桜が
満開になっていることでしょう
春になると青空に血のように咲き誇り
柴田さんが戦っていたころの惨劇に
手を合わせているのかもしれませんね

緋色の桜をわたしは見たことがないのですが
柴田さんの人生を通して出逢うことができました

柴田さん、真っ赤な桜の花をわたしも懐かしく思います
燃え滾る緋色の涙を流して咲いているのでしょう

posted by 水月 りら at 14:45| | 更新情報をチェックする

交叉点

(起の門)

京都の街を あるいている
地図を必要としない
ごばんの目は
交差点と 交差点が
直線で むすばれていて
同じ方角に
曲がり続ければ
くるくる
縮小された地球を
ひとまわり
時を費やし
未来にわたり
過去の地点に
戻っている
格子縞の道






(承の門)


その昔 夜になると
四条河原町の交差点を
占領していた
信号無視の暴走族
パトカーをからかうように逃げていた
穴のあいたマフラーで
ネオン街に轟く走行音を
拍動に貫通させて
狂乱恋命(きょうらんれんめい)と
名のる若者たちの群れ
窓枠からはみ出してしまいたくなる日常に
はみ出しきれないガラス板に耐えかねていた
煮汁の灰汁(あく)が 
疾走だったのか言い訳だったのか

人はひとかけらの味わいでは
計り知れなくて
食べ尽くすことのできないナマモノで
焼き尽くすことのできない宇宙のよう
投げ出したいことを抱えて
真面目に生きていくことのほうが
針の筵を踏んでいるような
ほんとうは
横軸に気づかずに
縦軸を暴走していたのは
もうひとりの わたしだったのかも

狂って乱れる恋の命
遠い平安京のころ
恋の宴を 打ち上げ花火のように
夜空に咲かせていたけれど
地位ある男と恋に落ちても
妻妾(さいしょう)のひとりとして
耐え抜いていた女たち
心が薄紙のようにちぎれてしまいそう
それでも抱かれたら 
許せていたのだろうか
玉の輿を目的としていた恋だったなら
わたしの肌には合わないのだけど
いつの時代にも
人目を忍ぶ恋愛が
かよわいすきま風のような
とぎれそうな笛の音色に
秘められている
口にするか しないかの話し
妻のある男を想っても
夫のある妻を慕っても
純粋で純愛だったなら
世間体などおかまいなく
愛するものと結ばれようとするのが
真の愛の姿なのに
愛し合い切れない悲恋と
その影で 打ちひしがれている悲哀を
ひっくるめ 両手でつつみ
しずかに密かに泣き濡れている
家庭の溝
砕け散るすすり泣きの破片が
胸に突き刺さり
止血できずに疼いていた心音(しんね)

身動きのない 交差点には
都会にかくれた樹海がひろがり
壊れたコンパスの針が
足どりさえも消していく





(転の門)


釈尊を出家に導いた四門出遊は
東西南北の存在しない交差点だった
老い果てた人 病に臥す人 死に呑まれた人
老いも病も死に続くもの
つなぎ合わせて廻っている
一本道ではないのだろうか
体を蝕む不治の病と仲良くなりながら
病苦の果てにつながれたチューブの命綱
依存しながらも生きていくことのほうが
奈落よりも 眠りのない地獄のよう
右に廻れども 左に廻れども
命の重さと魂の重さは
同じ物差しで測れない
命は限られ魂は限りなく
輪廻転生説を唱えても
誰も本気にしなくなった反動は
人の心をますます
イミテーションに変えてゆく
転生を繰り返す魂の否定となるからだ
見えないものほど隣にあるのに
隣の空にあるものは
はるかな星座を見ているようで
輝きには 不詳不明のものが
いくつも 潜んでいる
その不詳不明の輝きが
すべてが共有する魂であり
わたしに言葉を伝えている







(結びの門)


交差点が交差点を貫いて
死亡事故多発地点の
受け容れざるを得ない出逢い頭に
衝突してくる対向車には
何が乗っているのだろうか
白のハズレか 黒の当たりか
今さら恐れることもないだろう
ところにより雷雨でしょう
吹き抜ける風が
一寸先の 天気を予報していた
踏みしめる歩道に 帰りつくたびに
与えられたこの街が故郷で よかったと
幼い少女が若い母親に手をひかれ
横断歩道をわたっていた
おだやかな京の街角
立ち止まる公園の
すべり台の柱には もう
狂乱恋命
の 落書きは消えていた
狂って乱れるくらい
夢中で生きることが 好き
人は 生まれた瞬間から
叶うことがないものを
背負っていたのだと泣き明かしていた
炎の踏み痕を思い出し
廃(すた)れた遊具に
ゆびを這わせていた
水無月の十字路




posted by 水月 りら at 14:43| | 更新情報をチェックする

月見草

ひる咲きの 月見草が
ひとすじの涙を ながして
貴女のうるむ瞳に
露玉のように 咲いていた

うつむいた 貴女が
月見草の瞳にこぼす
ふたつぶの笑くぼ
紅水晶のように
にじむ花びら

見つめるものを
世界でいちばん美しく
映すあなたの瞳
見つめる月見草の
魔法の鏡



posted by 水月 りら at 14:41| ポエム | 更新情報をチェックする

にじのワイパー

クレヨンの ゆくえが
かくれてしまったから
なないろの にじが
かけなくて
まゆみおねえさんに そう言うと
ほこりでくすんだ 窓ガラスを
しろいぞうきんで ひと拭きした
おうぎ型に
にじ みたいでしょう
わらっている おねえさん
この施設の 世話がかりで
ぼくの部屋の 担当だった
おねえさん
ぼくは らいねん中学生だよ
そんな 子どもだましの
にじ なんて
にじには おもえないのに
おねえさんが 拭きとったぶぶんだけ
窓ガラスは そとの景色と
つながって
とうめいな架け橋に
にわの木の葉が ゆれて
こもれびが 葉っぱの海を
およいでいる
なんて 楽天家なんだろう
だけど ぞうきんがまっくろだった
あら
そんなの あらえばいいの
ぞうきんは 泣いてなんかいない
かも
くろくなることが
生きがい
かも
おねえさんは じゃぶじゃぶ
ぞうきんを しぼっている
バケツで
くるまいすの ぼくには
バケツで ぞうきんはしぼれない
洗面所でなら しぼれるけど
窓ガラスも 拭きとれるのは
とどく範囲だけ
あるけることはない
だけど
おねえさんの 窓ガラスが
水びたしになったら
バスのワイパーみたいに 水をはらい
雨あがりの景色を 見せてあげたいなあ
このぞうきんで
ぼくのできることは かぎられている
いつも 人にしてもらうことばかり
なのに とくべつな努力もしないでいる
のんびりでいいよ
そんなふうに ぼくをわかってくれているのは
まゆみおねえさんだけ
気乗りしなくて サボっていた
バスケットボールの練習に
あしたは 行ってみよう
気落ちしている ぼくを見て
ほんとうは しとしと雨の
おねえさんの瞳に
晴れ間が こぼれるといいな
雨雲いっぱいの空に
なないろの にじが
かかると いいね





posted by 水月 りら at 14:32| | 更新情報をチェックする

いちまいの風景

ひとみに うつるものは
にばんめに 伝えたいものたちだと
空っぽの街角に ささやいても
いちばん 伝えたいものは
このひとみには うつらない

深夜になると喪服をまとう
マッチ売りの少女が
売らないマッチを もちあるく

かぞえきれないほどの窓あかりに
おぼえきれないほどのため息が
やきつけられても
そこには うつらないものがある
街燈が きらめくほど
ここから歩く未来が 溶けていく

いちばん 伝えたいものに
マッチの灯を 点す
かかとのすりへった ヒールの靴音は
さんばんめに 伝えたいアスファルトの旋律
誰にも見えない喪服の少女は
生かされ続ける息詰まりの呼吸を弔っていた

現実になりきれない 都会の切れはしで
逝きたくても 逝けないものの
混沌が渇く風になる
マッチ売りの少女が おばあさんに
手をひかれ 天に舞いあがれたのは
天に愛されたから
いちばん大好きなひとに
逢うことができたのだ

途切れた 還りみち
片道切符の旅立てない死者のために
いちまいの風景は
いちばん 伝えたいものに
なみだぐんでいた


posted by 水月 りら at 14:31| | 更新情報をチェックする

一行のあなた

あなたをどこかで見かけたことがある 
どこだったのかしら いつだったのかしら 
窓の明るさだけ忘れているような

あの日、読んでいた本のページに 雪のように舞い踊り 
歩く早さの韻律でならぶ文字 足跡を口ずさんでいるように 
故郷で泥まみれに遊んでいた あの頃の春を呼んでいるような 
剥がれそうな記憶を塗りかえていく なつかしい一行は

百冊まえに読んだあの本に綴られていたのだろうか 
二百冊まえのページだったのだろうか 
ううん、これから手にとる本の未知のページで眠っているような 
或いは、何億冊の本を読んでも出逢うことのないような 
失ったパズルのピースのように 
ほかのピースでは埋め合わすことができなくて

一行では語り尽くせないあなたを
一行のあなたに喩えてみたくて
一行のあなたから

ひとのからだを巡る血の薫りが、めくるページの指先に滴り
波打つ鼓動が傷にうずく拍動に共鳴している 
触れるだけで心地よい微熱がなまあたたかい湯気のように拡散する 
生まれるまえから包まれていた体温のように
命尽きても唄いつがれている芽吹きのような

一行のあなたに

南極と北極を結ぶ地軸のように あなたを廻る軌道は 
永久に六十六・五度傾いて 止むことなく地球は自転を繰り返す 

一行のあなたを探して

太陽を公転する 色褪せない惑星のように
物語を語り継ぐ銀河のように 綻びを知らない 

一行のあなた 




posted by 水月 りら at 14:30| | 更新情報をチェックする

つり革

はじめまして
こんにちは

会うたんびに
はじめてみたいな あいさつして
つり革の口ぐせなんかなあ
ようよう知ってるんやけど
いれかわり たちかわり
いちいち あたしのこと
おぼえてへんわなあ

まるで
くうちゅうで はじけた
ブランコみたいやで
指紋のカケラで ジグソーパズルして
つぎのひと 待ってるんやろう

ようけの手と あくしゅして
あんたにとって
あたしは
とおりすがりの ひとコマで
かおのない風みたいなもんやなあ

もしも でんしゃやバスから
あんたが 消えてしもたら
いきなりの急ブレーキで みんなは
たちまち ドミノ式で倒れていくんやで
立っているのは つもりばっかりで
あぶなっかしいもんやなあ
足元のバランスくずしたら
何(なん)かにつかまらんと いてられへんのやなあ

こまっていたら
つかまり って
みみもとで サインを投げて
なんべんも 助けてもろてたなあ
そんなことに 気ぃもつかんと
あとで
あんたのお陰って わかるんや
あたしも そんな生き方したいけど
ついつい欲深(ふこ)うて かなんわ

だれにも見えてへんけど
まるいふちどりを くぐりぬけた
かおのない風に
げんきになりやって
てのひら にぎりかえしてくれるんや
いてくれるだけで 
安心なん

大好きや
おんなじ姿で ちがうあんたが
ならんでいても
いっつも 見つけてしまうねん
石みたいに しずかやけど
意思をかかえて 揺れている
あんたのことなん




posted by 水月 りら at 14:29| | 更新情報をチェックする

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