2013年06月09日

ねがい

うごかなくなった ひだりてを
みぎてで にぎりしめて みえないあすが 
よわいためいきに とけていた

「生きられるだけ 生きられるまで
 生きたいままに 生きていけるだろうか」

そのつぶやきに ひとつのこたえだけを
あのころのわたしは さがしていた
うしなうことが まるで
すべてであるかのように おもいこんでいた
いまなら ほんとうのわたしをつたえられる

 あなたのなかには わたしがいるよ
 だから あなたのかなしみを
 わたしも かんじているよ
 あなたのなかの わたしが、と


まどのそと とびたつ しろいとり
ふたりでながめていた
びょういんからみえる やまのたいぼくに
ときどき やってくるのだといっていた
あのとりがやってくると
あんしんするのだと あなたのかおは
ほころんでいた
 
 
 
 

 あのとりは このびょういんの
 やまいをせおう おおくのひとを
 なぐさめていたのだろう
 けれど あのとりは そのことを 
 まったく しらずに 
 あのたいぼくに かえってくる


みぎてで ささえて
ひだりてを ふっていた あなた


とびたち とおくなる しろいとり
すうじかんごには また、かえってくる
つばさに しんらいとはげましをあたためて
あのたいぼくに とまっているのだった





posted by 水月 りら at 21:07| | 更新情報をチェックする
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