2013年10月04日

潜在意識の行方

あることがきっかけで、ダウジングをするようになった。ダウジングとは、潜在意識と直結していて、ダウザーの持つ振り子の揺れは、潜在意識から動かされている超常現象でもあると説明されている。私が持つ振り子の揺れは尋常ではなかった。潜在意識とは、誰にでも存在するものではあるが、決して目には映らない。けれど、私達はこの潜在意識に存在している見えない力によって、全てが動かされていると言うことが、ダウジングを体験して実感せざるを得なかった。
 潜在意識の深部の超意識が魂そのものであり、顕在意識とは命である。魂はひとつであり、私達はこの超意識の魂の純粋意識で、すべての人の心は温かく繋がっている。純粋意識がなければ、私達は誰とも誠実で信じ合える繋がりを持つことができない。私がダウジングで引き出したものは、この超意識である純粋意識からの伝言だった。つまり、ダウジングを通して、私はチャネリング(常識的な通信手段では情報をやりとりできないような相手《高次の霊的存在・神・死者・未来人など》とコミュニケーションをすることである)をより確かなものとしてしまった。けれど、それには危険が伴っていた。ダウジングは、高次の超意識だけに繋がる訳ではなく、低次の醜い悪神と繋がってしまうこともあったからだ。ダウジングは、霊性の低い人には無茶苦茶に揺れて、その人を不幸にする。また、営利目的、利己的なための利用などでは絶対に行ってはならない、と言うのが真相だった。神の領域に達するものだけが真実の情報を得られるが、そこに到達するまでに悪神の心理攻撃に呑まれることのない類稀な強い精神力が必要であったからだ。この私の気宇な体験は恐らく信じ難いもの。娘は、私をシュールな世界に生きていると言うが、ダウジングにより、太陽を直視しても私の網膜は潰れず、人間を超えた私の網膜は謎の超常な現実だった。





posted by 水月 りら at 19:36| 散文 | 更新情報をチェックする
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